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札幌高等裁判所 昭和40年(ラ)22号 決定 1965年11月27日

抗告人 原田悟(仮名)

相手方 田中久子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

記録によれば原審は、昭和三九年七月八日札幌家庭裁判所小樽支部において調停離婚をした抗告人と相手方の婚姻中において、抗告人と相手方の間の長女文子の出生につき抗告人が疑惑をいだき、そのことが主たる原因で相手方と抗告人及びその家族との間に不和を生じ離婚するにいたつたこと、抗告人及び相手方はいずれも長女文子の親権者となり同女を養育することを熱望しており、それぞれの家族もまた文子の引取りを強く希望していることのほか、抗告人及び相手方の経歴、家族関係、それぞれの実家の資産及び収入状態をそれぞれ証拠によつて認定した上、文子が漸く三歳に達した幼女であつてその養育には特に母親の愛情が必要であるとして文子の親権者を母である相手方と定めたことが認められる。

しかして抗告人及び相手方の各経歴、父あるいは母としての文子に対する愛情や、その育成に関する熱意についての当裁判所の認定も原審と同一であり(相手方が文子を抗告人方に残して実家に帰つたことをもつて相手方に文子の養育についての熱意が稀薄であるとは認められない。)、双方の婚姻中の生活態度についてみても、いずれも特に今後文子を養育する上において支障となるような事由があると認めるに足りる資料はなく、また双方の家庭の資産及び収入に程度の差はあるとしても、親権者をいずれに定めるかの判断に対し決定的な要因となる程の相違があるものと認めることはできない。

しかしながら、原審証人原田エミ、原田カズの各供述を総合すれば、抗告人方における文子の身の迴りの面倒は主として抗告人の姉である原田エミがみていることが認められ、また文子がいまだ幼少であることから考えれば、今後もなお同女の起臥寝食についての世話は主としてエミの手に委ねられることが推認されるところ、右原田エミの供述によれば、同女が既に四八歳に達し、しかもやや病弱であり、かつて子女を養育した経験を有しないことが窺えるので、このことと、文子がいまだ三歳の幼児でその肉体的、精神的発達のためには何ものにもまして母親の愛情としつけを必要とする年代であること及び相手方が看護婦、保健婦の資格を有し自活の途も容易に講じ得ることを併せ考慮すれば、原判決説示のように文子の親権者を母である相手方と定めるのが相当と認められる。

もつとも、本件記録によれば文子は出生以来現在に至る迄抗告人方において養育されていることが認められるので、父である抗告人及びその家族は勿論、近隣の同じ年頃の子女達とも親しみが深いことは想像に難くなく、この事実状態を無視することは許されないけれども、このことを考慮にいれるとしてもなお先に説示したように文子の将来の福祉のためには母親たる相手方によつて育成されることがより相当であると認められるので養育環境の変化によつて文子が一時的に心理的動揺を受けるものとしてもやむを得ないものといわなければならない。

そうすると、相手方を文子の親権者と定めた原審判は相当で本件抗告は理由がないから民訴法第四一四条、第三八四条、第九五条、第八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 和田邦康 裁判官 田中恒朗 裁判官 右田堯雄)

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